« 情の深すぎる男「好きになりすぎて」 | トップページ | コオリ昭浩「妻の裸は夫のもの・・・」 »

営業社員「なるほどですねー」

  予定調和的なものごとに気持ちよさを感じることがある。例えば、テレビドラマの水戸黄門のクライマックスで悪代官に印籠が突きつけられる時に感じるカタル シス。もう120%印籠が出るのがわかりきっている。それどころか分単位でいつそのシーンになるのかも見当がついている。それでも、いや、それだからこ そ、いざその瞬間が来ると嬉しい。
「来るぞ・・・、来るぞ・・・、・・・やあ、来た来た」
Photo_9    お年寄りたちもきっと、その「決して裏切られることのない約束」の快感に酔っている。もうハラハラドキドキの大どんでん返しなど、全然嬉しくない年頃だ。なにしろ下手すると本当に命取りになるほど心臓はナイーブになっている。

 ところで、電話でよく話す人はたいていお決まりのフレーズを持っている。勤め先の営業のSさんが電話口で今日も言っている。
「・・・なるほど・・・なるほど・・・」
それを小耳に挟みながらぼくは、「来るぞ、来るぞ」と思う。
「・・・なるほどですねー」
そら来た。いつもそうなのだ。決まって三回目に「なるほどですねー」と来る。そのテンポ、抑揚、タイミングがもう匠の域に達していて、普通に聞い たら「お前、ほんとに人の話きいてんのか?」と突っ込みたくなるような軽々しいセリフが少しも嫌味に聞こえない。むしろ実に小気味いいのだ。いつもSさん が電話口で「なるほど」と言い始めると、ニヤニヤしてしまう。多分このSさん、「なるほど」と口にしている時は大して「なるほど」とは思っていない。相手 の意見にただひたすら寄り添い、同調する。ジンベイザメの腹の下にぴったりくっついているコバンザメのように。そんな話の聞き方が必要なシチュエーション があるのだろう。
Photo_10
こないだ引っ越して、隣の家に挨拶に行った。インターホンを鳴らすと、おばちゃんが出てくるなり言った。
「ごめんなさい、うちは大家じゃないんですよ」
誰もそんなことは言ってない。
「はっ?・・・あの、隣に引っ越してきたヒダリマキと申します。一応その、挨拶に伺ったんですが・・・」
「あのね、ほんといつもいつも言うんですけど、大家じゃないんです。だから排水の不具合とか、網戸付いてないとか、ブレーカーのアンペアがとか言われてもほんと困るのよ」
「・・・いやいや、ぼくの方こそ、ほんとに何の悪意も邪念も下心もなくですね、ただこれからお隣で暮らさせて頂くにあたって、『ふつつか者ですが、よろしくお願いします』と、ただ良かれと思って・・・」
ああ、なんかちょっとキテるのかな、この人と思っていると。
「ただ、たまたま苗字が同じだけなのよ」
そう言われて、ドアの外に顔を出し、表札を見ると、確かに「小山内」と書いてある。それ早く言え。引っ越してきた物件は小山内荘というのだ。
「・・・なるほど、確かに珍しい苗字ですもんねー。」
「そうなのよ、でもほんと・・・」
「大家じゃないんですもんねー」
言葉を継いでやり、菓子折を差し出す。
これでお互いに誤解は解け、ようやく事態は収束に向かうかに見えた。おばさんは共感されて嬉しいのか、急に笑顔になり、
「うちのおじいちゃん甘いものに目がなくって。ちょっと、おじいちゃーん」
すると、2分ぐらいして、廊下の奥から秒速10センチぐらいの亀歩きでおじいちゃん登場。もうかみ合わない会話にうんざりしていたぼくは目を閉じて天を仰いだ。
この上ボスキャラの相手もするのか・・・。
Photo_11
「ああ、あたしぁ甘いもんが好きでね。」
勝ち名乗りを受けた力士のように手刀で菓子折を二、三回切るようにしてから手にするおじいちゃん。
「それは良かったです。じゃ、みなさんで召し上がってください」
と面倒なのでさっさと帰ろうとすると、
「なにせ、若い頃は甘いもんって、さつまいもや果物ぐらいで・・・バナナなんてな、今でこそ、ほれ・・・
口元をふがふがさせ、小刻みに震えながら頷くおじいちゃん。
・・・昔はそら、病気で入院でもしないと食えないようなモンで・・・」
甘いものを鍵にして呼び起こされた遠い日の記憶がそのまま、いつ終わるとも知れぬ昔語りに発展しそうになった時、ぼくの口は勝手に言葉を発した。

「なるほどですねー」

|

« 情の深すぎる男「好きになりすぎて」 | トップページ | コオリ昭浩「妻の裸は夫のもの・・・」 »

気になる言葉」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1290905/35476128

この記事へのトラックバック一覧です: 営業社員「なるほどですねー」:

« 情の深すぎる男「好きになりすぎて」 | トップページ | コオリ昭浩「妻の裸は夫のもの・・・」 »