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2011年11月

常習犯は語る

 車を発進させると、フロントガラスを茶色い液体が流れて、スッカラカーンと空き缶の転がる音がした。ぼくはいつものようにため息をついて車を停め、ダッシュボードから専用の雑巾を出してフロントガラスを拭き、道に転がったコーヒーの缶を拾った。いくら両手がふさがっているからといって、ドアを開けるとき飲み物を車の上に置くのはお勧めできない。

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軟派救命士の災難

 ある夏のこと、仕事で熊本に出張した。その日は移動日でまだ夕方だった。今からホテルに行ってもヒマだなと思っていたらレンタカーのカウンターにかわいい子が。ふだんはナンパなんてしないのになぜか声をかけている自分がいた。
「何時に終わるの? ちょっと観光に付き合ってくれない?」
すると、
「もう終わるけど、制服着替えたいから一旦ウチまで来てくれる?」
とすんなりOK。
 ぼくはワン!と一鳴きして彼女の車に乗り込んだ。着いた先は郊外の公営住宅。「散らかってるけど」と彼女がドアを開けると、わーわー歓声が上がり、三人のちびっ子たちが駆け出して来た。目が点になった。
 離婚して生活保護を受けながら育てているという。それならそれで楽しもうと、スーパーに買い出しに行ってカレーを作ってあげた。食べ終わってから遊んでいると一人だけ全然喋らない子がいる。
「この子どうしたの?」
「風邪ひいてるの」
額に手を当てるとすごい熱。
「病院連れて行こう。幼児の高熱は危ないよ」
「お金がないの」
「おれ出すから」
 救急病院の待合い室は行列ができていた。何時間も待って診察を受けると、医師から父親だと誤解され、「なんでもっと早く連れてこなかったんだ!」と怒られた。ホテルに着いたのは深夜3時。
 翌日仕事を終えてから彼女の家に寄り、シャワーを借りて普段着に着替えた。
 帰宅すると、熊本弁でキレキレのメールが届いた。
「人の女に何ばしよっと?・・・(罵詈雑言)」
 別れた元旦那からだった。濡れ衣だと伝えたが、ならばなぜズボンを脱ぐ必要があるのかと返信。・・・ズボンを脱衣場に忘れてた。着払いでいいから送ってと女にメールしたが、送ってくれなかった。

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はからい

 離婚した元妻が自殺して、抜け殻のように暮らしていた頃、心機一転引っ越した。 
 近所を散歩中、住宅を改造したカフェを見つけた。店主のNさんはユニークな人で、住宅街の中なのにピアノのライブを開き、クラフトのワークショップ、キリスト教の勉強会や句会、問題児を抱える親のための自助グループなど様々な企画を立ててはつながりの場としてカフェを提供していた。さらに赤字経営にも関わらず不登校の女の子を雇って社会参加させ、自身でも陶芸を教え、オーガニックのパンやお菓子も作る。一体何がこの人を突き動かしているのだろうと思った。
 何度目かに店に行った時、Nさんはぼくを奥のリビングに招き入れてくれた。そこに足を踏み入れた時、謎は一瞬で解けた。棚の上にご主人らしき人の写真と若い女性の写真、陶器のロザリオが並んで飾ってある。二度結婚し、二人の伴侶に先立たれ、娘さんは自死だという。
「ぼくも別れた元嫁さん自殺だったんだ」
「・・・。ここね、いろんな人が来るでしょ? で、今のあなたみたいにある時いきなり”とんでもない不幸”を語り出すのよ。あたし最近ね、実はみんなそうなんじゃないかって思うの」
「“そう”って?」
「みんな想い出すたびに思わず目をつむるような心の傷を抱えてるんじゃないかって」
「・・・」 
 それから翌週の開店記念パーティーの話になった。
「あなたもいらっしゃいよ」
「いつだっけ?」
「次の土曜日」
「22日?」
「そう」
「10月の?」
「当たり前じゃない。今月なんだから」
「・・・ごめん、せっかくだけど行けないや。その日、元嫁さんの命日だから」
「え・・・」
「何周年?」
「一昨年のオープンだから二周年ね」
「・・・年までぴったり同じ」

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鍋島に気をつけろ

 友達のHが実家で暮らしていた頃、祖母から「鍋島の人間には気をつけろ」とくどいほど忠告されていたという。Hの祖母が鍋島家を嫌うのには理由がある。
 時をさかのぼること400年余。
 H家の先祖と鍋島家とはともに佐賀・龍造寺家に仕えていたのだが、龍造寺家の当主が戦死したのを機に鍋島家は佐賀藩の実質的支配者となり、龍造寺家の後継者が絶えるとその遺領を継承して正式に鍋島藩となった。H家はこの騒動の過程で鍋島に失脚させられ、没落していったという。Hの祖母はそこを踏まえて「鍋島に気をつけろ」と言っていたらしいのだが、Hは老人の繰り言として聞き流していた。
 時は現代。
 Hは二十代半ばを過ぎた頃、ぼちぼち一つの会社で腰を据えて働こうと、それまでの自堕落な生活態度を改め、最低賃金を下回るような悪条件の下、ベンチャー企業で身を削るように働いていた。
 そんなある日のこと、Hは職場で「近々相当なやり手と噂のある人物が新しいプロジェクトリーダーとしてやってくる」という噂を耳にした。
 折しもその頃、Hは連日の激務によって体調を崩し、二日ほど会社を病欠した。会社に行くと、Hの病欠中に噂の新リーダーが着任しており、出社すると即呼び出された。
 ドアを開けて彼の前に行くと、
「君、明日から来なくていいから」
と秒殺。
 呆然としているHの目がリーダーの首から下がった社員証に釘付けになった。姓が鍋島だった。

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