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2012年2月

どうでもいいところに降りてきたもの

 

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  その夜、当時付き合っていたみずきと車で多摩近辺を走っていた。外灯も少なく、民家も飲食店もろくに見かけない辺鄙なところだった。
「お腹空いた」とみずきが言った。
 いつの間にかとっくに夕飯時になっていた。
「何食べたい?」
「手作りならなんでもいい。どうせこんなとこに気の利いた店なんかなさそうだし」
 みずきはふだんならオーガニックな食べ物しか食べないタイプで健康には気をつかっている。
「確かに。っていうか、そもそも店自体しばらくなさそうだよ。」
 あたりは墨を流したように真っ暗で、特に山が底なしの黒一色で街中の明かりに慣れた目には新鮮だった。本物の夜に出会ったようで。
 そんな時、その中華料理屋の黄色い雨除けが見えてきたのだった。「注文の多い料理店」を思い出した。
「ここでいいよね」
「うん」
 みずきが道を挟んで店の反対側にある駐車場に乗り入れた。
 ぼくもみずきもふだんならまず入らないタイプの店だ。場末の商店街にある、化学調味料を平気で使うようなどうでもいい中華料理屋だ。
 ぼくらは道を渡ろうとして足を止めた。大型のトラックがろくに減速もせずに通り過ぎて行った。店のガラス戸から漏れる光が舞い上がった砂埃を照らした。
「あぶないなー」
「ほんと」
 誰もが足早に通り過ぎていく、通過点としか見られないような土地。その店はそういう場所にあった。
「こんばんわ」
 ガラス戸を開けると、店の半分が座敷で座卓が三つ、テーブル席も四つほどあり広々としている。
 ぼくらは一番奥の厨房に近い座敷に上がった。
「いらっしゃい」割烹着を着たおばちゃんが水を持ってきた。
 みずきは中華丼を、ぼくはちゃんぽんをたのんだ。
 ぼくらの席の向かいのテーブルとその隣のテーブルに先客が一人ずついて、座敷の反対側の天井近くに置かれたテレビを見ながら食べていた。
 一人は四十近い元ヤンキー風ガテン系、隣は還暦過ぎの元不良(プロレスラーの藤原嘉明に似ている)。藤原と元ヤンはおそらく常連客なのだろう。テーブルこそ違うが、テレビを見ながら気安く話している。話題はトラックの運ちゃんをやって何トンだと幾ら稼げるみたいな話だった。元ヤンの方は話しぶりからすると現役の運ちゃんらしい。
 テレビは健康系クイズ番組のような内容だった。
「何が体にわりぃって、煙草だよなぁ。」藤原が楊枝を使いながら言った。
「煙草が一番だよ、間違いねぇ。」元ヤンは深く頷いた。
 そんなことを言いながら二人の手元にはしっかり火のついたタバコが挟まれている。
 ぼくは彼らを背にしているみずきに目で合図して、振り向かせた。こっちに向き直った時みずきも笑っていた。
 その時、引き戸が開いて一組の家族連れが入ってきた。
「いらっしゃい」
 彼らは一番出入り口に近いテーブル席についた。
 そのうち、藤原は仕事の話を始めた。なんでも今は障害児の養護施設で送迎バスの「運転手補助」をしているらしい。運転手補助というのは、走行中に子供たちが歩き回ったりしないように見張る係なのだという。
「昨日なんか5時間も昼寝しちまってよ」
「5時間は昼寝じゃないでしょ? しかも仕事中に」ぼくは思わずツッコんだ。
「いや、アリなんだよ。送迎バスだから行きと帰りで間が空くんだ。それで駐車場でクーラー掛けてたら寝ちまってよ。これで一日¥11,000もらえるんだから、ラクなもんだよ。」
「いい仕事めっかって良かったじゃんか。今日日なかなかねえよ、そんなラクな仕事は」
「ああ。初めてこの仕事に就いた時なんてよ、子供一人下ろし忘れちまってよ、一日でクビだよ。」
「えっ、気づかなかったの?」とぼく。
「シートの上で横になって寝てやがったんだな。だから見えなかったんだよ。なんせあいつらみんな同じ顔してっからよぉ。」
 同じ顔とは何を言ってるのかと思ったら、ダウン症のことを言ってるようだ。
 ぼくは苦笑した。「じゃあ仕方ないね」
 おかみさんが手を拭きながら厨房から出てきた。
「何言ってんのよ。本当はこの人が乗り降りのたびに人数を数えて間違いがないようにしておかなきゃいけないのよ、そういうのが仕事なんだから。でも、障害のある子は普通の子と違って次何するかわからないから、見張りも楽じゃないわよね」
「なるほど、見張り失格だ。じゃあ、今は別の施設でやってるの?」
「変わんねえよ」
「? だって一日でクビって・・・」
「いや、府中(のコース)に飛ばされたんだ」
  ぼくは後から入ってきた家族連れの方に目をやった。彼らも藤原の話に耳を傾けているようで言葉少なに食べながらも顔は笑っている。
 ぼくとみずきはちゃんぽんと中華丼を交換して少し食べた。
「ふつう、だね」
「ほんとだ、ふつう」
 別に味はどうでもよかった。これで特別うまかったり、死ぬほどまずかったりしたらびっくりしてしまう。安心して食べられる方がいい。ぼくらは食事そっちのけで藤原たちの会話を食べていた。それはなかなかコクがあって今まで食べたことのない味がした。
「最近は仕事どうなのよ? 飛ばされてからはちゃんとやってんの?」と元ヤンが訊いた。「おう。こないだよ、口の利けないのがいてよ、あれなんて言うんだ? そういう人のこと」
「聾唖? 」とぼく。
「それだよ」
「その聾唖の子がな、道の悪いとこを通ってバスがバウンドするたびに決まった手の形をするんだ。手話なんだよ。おらぁ、手話なんかわかんねえからよ、職員の奴にあれ、どういう意味だって訊いたんだ。そしたら『楽しい』って意味なんだと。何度も何度もバスが跳ねると『楽しい!』ってやるんだ。」
 藤原はその時の光景を思い出しながら話しているのだろう。もともと細い目が糸のようになっている。
「へえ、そりゃ、かわいいな」と元ヤン。
 みずきもぼくの隣に来て客席から藤原の話を聞いてるような感じになった。
「こりゃ、おもしれえと思ってよ。その職員に簡単な挨拶の形を教えてもらったんだ。で、次の日の朝、その子がバスに乗ってきた時に『おはよう!』ってやったら、もう喜んでよ。今じゃ、その子の両親がおれを『先生』なんて呼ぶんだ。なんだかくすぐったくってよ」
 ぼくらは嬉しそうな藤原を見ながら笑った。
 その後も組長は仕事中のエピソードを面白おかしく話してくれた。脚色なしで話しているのだが、彼の話しぶりがおかしいのと、日頃の生活態度がどうしても小市民の枠に収まりきらないために毎回オチのある漫談になってしまうのだった。
 藤原によると、「こういう施設の臨時職員がすぐ配置換えになるのは、子供たちの母親とデキちまうからだ。おれは見たんだ。」という。
 見た目はいかついが、どうにも愛すべき人なのである。
 元ヤンが「ごっそうさん」と言って楊枝をくわえながら勘定を済ませると、藤原も後を追うように出ていった。
「ぼちぼち行こうか?」
 立ち上がろうとした時、家族連れが揃ってレジの方に向かった。ぼくらは浮かしかけた腰を下ろした。父親が財布を出しながら言った。
「近所に引っ越してきた○○といいます。よろしくお願いします。」
「あら、そう。こちらこそよろしくお願いします。」とおかみさん。
 父親は息子の手を引いておかみさんに顔が見える位置に連れてきた。
「あのいきなりなんですが、うちの息子は生まれつき言語障害でろくに喋れないんです。共働きなので夕食を子供たちだけで食べに来させてもいいでしょうか?名前はアトムです。妹はウランです。」
 ぼくとみずきは顔を見合わせた。
「ああ、そうなんですか?ウチはかまいませんよ、いつでも。」
 ぼくはさっき藤原と話していたおかみさんが「障害者は普通の子と違って次に何するかわからないから大変よ」と言っていたのを思い出した。
 ともかく一家は支払いを済ませると勘定を待っていたぼくらに軽く会釈して出ていった。
 レジで勘定を済ませる時、おかみさんに訊いた。
「さっきの常連さん、面白い人ですね。」
「今でこそあんなだけど、昔はひどかったのよ。」
 奥の方で食器を洗っていたおっちゃんが出てきて言った。
「もう三十年来の付き合いでね。若いころは足が三本も入るようなズボンを履いてて、嫌な客が来たな、と思ったけど、随分変わったよ。今じゃあ、孫を可愛がってすっかりいい爺さんだ。昔を知ってるからねえ・・・」
「あの人大きなダンプに乗ってたんだけど、このすぐ近くの道で急に飛び出してきた4歳の子を轢いちゃったのよ。タイヤの下敷きになって本当にぺったんこになっちゃったのよ」
「え」ぼくらは一瞬絶句した。そんなに生々しく説明しなくていいんだよ。「じゃあ、刑務所に?」
「でも、あれであの人は昔から硬派でね、いつも運転だけは真面目にしてたのよ。で、その現場で見てた人が『この人はちゃんと運転してた。どう見てもブレーキが間に合うタイミングじゃなかった』って証言してくれたの。」
「へえー。人に歴史ありだ」 
      ◇
 店を出たら、みずきが言った。 
「なんか降りてきてたね」
「あ、そうだったんだ。」みずきはぼくと違ってそういう感受性の鋭いタイプだ。「でも、なんか変な奴だったね」

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ネパール人とぼくとローリエ

 ネパール人がやっている店に行った。スパイスや豆など、あちら系レストランに食材を卸している店だ。店内では男二人、女一人のネパール人(経営してる人たち)が世間話をしていた。
 ぼくはジンジャーパウダーはないかと訊いたついでに、つい先日、大阪でネパール人が殴る蹴るの暴行を受けて殺されたことに触れ、日本人代表としてなんだか申し訳ないと思い、その気持ちを伝えた。自分がネパールに旅した時に宿の主にとても親切にしてもらったことや、そこで毎晩手で食べたダルバートのおいしさを今でも覚えている、とも。 
 実際、ぼく自身は今までヒドいネパール人に会ったことがない。みな穏やかで親切だ。もちろんどこの国にだって色んな人がいるわけだが。
 店主に「なにか力になれることはないか」と訊くと、隣の男と顔を見合わせて「とくにない」と言う。
 「じゃあ、なんか日本で暮らして困ってること、日本人に訊かないとわからないこととかない?」と訊いた。意地でも役に立ちたかった。親切のごり押し。 
 少し考えて店主は「ヤザワ・・・」と言った。
 「え?」
 「“ヤザワ”なんで人気?わからない。ワタシ友達にも訊いた。でもみんなわからない。あの人すごい自分に自信ある。でも良さわからない。」
 ぼくは深く頷いて「“成り上がり”ってわかる?」と訊いた。
 すぐにDo you know NARIAGARI?と英語にしてみたが、肝心の“成り上がり”が英語じゃないので意味がなかった。そもそもネパール人は英語堪能じゃない。店主は頭を振った。ぼくはあっさりヤザワの良さを伝えることを諦めた。ぼく自身もよくわからないことを教えられない。
 スパイスの棚にローリエによく似た葉っぱがあった。袋に両手いっぱい詰まって百円だった。「これ何?」「ネパールでよく使う。香りつける。△◎○□と言います。」
 現地での呼び名を教えてくれたが聞き取れなかった。
 「ローリエじゃないの?」
 「違う。△◎○□。チャイとかカレーに入れる」
 やっぱり名前が聞き取れない。ぼくはその葉っぱとチャイの茶葉を買った。
 家に帰ってローリエとその葉っぱを見比べた。
 完全にローリエだった。

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ブリトーの歴史

 

Burrito_2 駅裏の寂れた場所でつぶれたサンクスを改装してオープンしたばかりのローソン。立地が悪いだけにローソンも気合いが入っている。店員の接客、態度が丁寧至極で少々うざいぐらいの店。 
 そこでブリトーを買った。
「温めて下さい」
「包装を少し切らせて頂きます」
「はい。」
 そんなの断らなくていいって、おれ殿様じゃないんだから。
「ポイントガードはお持ちですか?」
「ないです。」
「お作りすることも…」
「いいです」
 これは朝の通勤時間帯は訊かなくていいと思う。
 金を払って店を出る。
 歩きながらブリトーを頬張る。ソーセージがイマイチ温まってない。ぬるいブリトーほど食欲をそそらないものはない。時計を見ると、時間にはまだ余裕がある。
 おれは来た道を引き返しながらどう文句を言おうか、頭をフルスロットルさせてシミュレーションする。
        ◇
「おれもさ、チンピラじゃないから温め不足とかで怒りたくないんだけどよ。おにぎりとか総菜パンとは話が違うんだわ。ブリトーなんだからよ。」
「す、すみません。もう一度温め直します」
店員がブリトーを取ろうとする手をピシャリと叩く。
「んー、おまえさ、そもそもブリトーがどういう食べ物か知ってんの?コンビニの研修では教わらなかった?(教えねーよ、そんなの)」
「・・・詳しくは知りません」
 他のバイトが遠巻きにこっちの様子を伺っている。
「ブリトーってのはさ、もともとメキシコの炭鉱労働者が過酷な労働の合間に手っ取り早く腹を満たすための弁当だったわけだ。日本でいうおにぎりみたいなもんだ。で、炭鉱の掘削現場って深くて湿気がひどくて夏でもひんやり寒いんだ。鍾乳洞入ったことあればわかるだろ?体がめっぽう冷えんだよ。」
「は、はい」
「な、だからブリトーってんだよ」
「・・・は?」
「ブリトーってのはスペイン語で懐炉(かいろ)って意味なんだ。後はわかるな?」
「い、いえ、どういう意味ですか?」
「はぁー(深いため息)。一を聞いて一しかわかんねえ奴だな、おまえも。炭鉱に入る前に地上で出店のおばちゃんが出来たてホヤホヤのブリトーを生地に包んで売ってくれるんだ。それを懐に忍ばせて現場まで降りていくわけだ。で、昼休みにその包みを開けて生地にかぶりつくと中からまだ暖かいインゲン豆やら挽肉やらがチーズのとろけるのと合わせて口に入ってくるわけだ。吐く息が白くなるような寒い現場でだ。それがうまくないわけないだろーが!」
「な、なるほど」
「で、冷えた体を温めて、また午後からのキツい作業を頑張ろうって元気を出したんだよ。だから、冷たいブリトーってのはな、ピアノが弾けないピアニストとかクリープを入れないコーヒーみてえにもう存在意義がまるでないウンコみたいなもんなんだよ!」
「ぼくはコーヒーはブラックが好・・・」
「おまえのコーヒーの好みなんて訊いてねんだよ!」
 店員の胸ぐらをつかみかかったおれを奥から出てきた店長が慌てて止める。
「お客さん、よくわかりました。今日のところはこれで勘弁してください。」
 おれの手に千円分のQUOカード(コンビニで仕えるプリペイドカード)が渡された。
「ちゃんと商品知識ぐらい教えといたれや」
「はっ、大変失礼いたしました。」
 入り口付近にいた店員が素早く道を空けて頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「おう」 
 (しかし、これじゃチンピラ以外の何者でもないな)
       ◇
 まあ、こんな感じでいこう。急ごしらえにしてはシナリオは完璧だ。ブリトーのうんちくはもちろん口から出任せだが、勢いよくたたみ掛ければ誰も疑うまい。
 ローソンに入る。さっきの店員が、あれ?という顔をしつつもさっきと寸分違わぬ調子で言った。
「らっしゃいませぇー、こんにちわー」
「おぅ、にいちゃんよ、おれもさ、チンピラじゃないから温め不足とかで怒りたくないんだけどよ。おにぎりとか総菜パンとは話が違うんだわ。ブリトーなんだからよ。」
「あ、すみません。すぐに温め直します。」
 店員がブリトーを取ろうとする手をピシャリと叩く。
「んーと、おまえそもそもブリトーってどういう意味か知ってっか?」
「えと、確かスペイン語で“小さなロバ”って意味ですよね。理由は細く巻いたトルティーヤがロバの耳に似ているからとも、ロバがよく背中に積んでいた毛布に似ているからとも、諸説あるみたいですけど。すみません、あやふやで。」
「・・・おまえ、なんでそんなに詳しいの?」
「父親が貿易関係の仕事してて向こうに家族で住んでたことがあったんです。ブリトーはもういやというほど食べましたからね。」
「そっか。なら・・・温めてくれ」
「はい。少々お待ち下さい」
 レンジが鳴るまでの間、おれはレジ近くに置いてあるごま団子の成分表示をさも興味ありげに見ることしかできなかった。

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手袋を拾う気分

 

Photo_2
 朝の通勤時、電車に乗ったら手袋が落ちている。ひとつ、少し間隔を空けてもう一つ。頭の中でこの車両で少し前に起こったであろう出来事が再生される。
         ◇
 一つか二つ前の駅で電車が停まる。
 駅名を告げるアナウンスが流れ、乗客がいくらか降り、入れ違いにまたいくらか乗ってくる。
 眠っていた客が目を覚まし、膝の上に持っていた手袋を落としたのも気づかずに慌てて掛け出て行く。
         ◇
 乗客はまばらで座席もちらほら空いている。そんな混み具合。手袋を挟んで両側に長い座席がある。客はみな手袋に気づいているが、置き去りの空き缶同様、誰も拾わない。誰かが盗みたくなるような高価な手袋でもない。
 ぼくも手袋を跨ぎ越して空いている席に座った。本を開いたが、どうも手袋が気になる。誰かが拾ってないだろうか。手袋のある方を覗いてみる。やっぱり、まだそのまま落ちている。
 片方なら気にならなかったのに。
 一揃いの手袋が走っている電車に落ちているのはあまりいい風景じゃない。手袋が拾われないことがなんだか人心の荒廃ぶりをくっきりと証明しているように思える。
 壁に落書きが多かったり、ゴミが散乱している地域ほど治安が悪くなるというデータがある。汚い部屋にいると気分も腐り自堕落な生活になりがちなのと同じだ。人の心と場の状態は互いに影響を及ぼし合って循環している。いつでも、どこでも。
 ぼくは本を閉じて手袋を拾った。そしてそれとなくたたんで膝の上に置いた。ジョギングする人が使うようなスポーツタイプの、千円で買えるような代物。拾う前のむず痒い気分はすっかり晴れた。
 網棚の上にある車両番号を見て、頭の中で「たった今2番線に入ってきた電車の4号車に落ちてました」とシミュレーションしてみる。
 落とし主も駅員に問い合わせたりしないで新しいのを買うかもしれない。手袋は毎日JRの遺失物センターに届けられる膨大な量の落とし物の一つとしてしばらくの間取り置かれ、やがて廃棄されるだろう。それでもいい。
 自分は決して良識のある模範的な人間じゃない。状況と懐具合によっては拾った財布から札だけ抜いて捨てておくようなこともできる人間だ。
 だからいい格好がしたかったわけじゃない。ただ、電車の中にひとそろいの手袋が落ちていて、それを誰も拾わないでいることが当たり前の風景じゃないと示したかっただけだ。
 いや、そんな立派な動機じゃない。
 ただ気持ちがむずむずしてるのが嫌だっただけだ。

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