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手袋を拾う気分

 

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 朝の通勤時、電車に乗ったら手袋が落ちている。ひとつ、少し間隔を空けてもう一つ。頭の中でこの車両で少し前に起こったであろう出来事が再生される。
         ◇
 一つか二つ前の駅で電車が停まる。
 駅名を告げるアナウンスが流れ、乗客がいくらか降り、入れ違いにまたいくらか乗ってくる。
 眠っていた客が目を覚まし、膝の上に持っていた手袋を落としたのも気づかずに慌てて掛け出て行く。
         ◇
 乗客はまばらで座席もちらほら空いている。そんな混み具合。手袋を挟んで両側に長い座席がある。客はみな手袋に気づいているが、置き去りの空き缶同様、誰も拾わない。誰かが盗みたくなるような高価な手袋でもない。
 ぼくも手袋を跨ぎ越して空いている席に座った。本を開いたが、どうも手袋が気になる。誰かが拾ってないだろうか。手袋のある方を覗いてみる。やっぱり、まだそのまま落ちている。
 片方なら気にならなかったのに。
 一揃いの手袋が走っている電車に落ちているのはあまりいい風景じゃない。手袋が拾われないことがなんだか人心の荒廃ぶりをくっきりと証明しているように思える。
 壁に落書きが多かったり、ゴミが散乱している地域ほど治安が悪くなるというデータがある。汚い部屋にいると気分も腐り自堕落な生活になりがちなのと同じだ。人の心と場の状態は互いに影響を及ぼし合って循環している。いつでも、どこでも。
 ぼくは本を閉じて手袋を拾った。そしてそれとなくたたんで膝の上に置いた。ジョギングする人が使うようなスポーツタイプの、千円で買えるような代物。拾う前のむず痒い気分はすっかり晴れた。
 網棚の上にある車両番号を見て、頭の中で「たった今2番線に入ってきた電車の4号車に落ちてました」とシミュレーションしてみる。
 落とし主も駅員に問い合わせたりしないで新しいのを買うかもしれない。手袋は毎日JRの遺失物センターに届けられる膨大な量の落とし物の一つとしてしばらくの間取り置かれ、やがて廃棄されるだろう。それでもいい。
 自分は決して良識のある模範的な人間じゃない。状況と懐具合によっては拾った財布から札だけ抜いて捨てておくようなこともできる人間だ。
 だからいい格好がしたかったわけじゃない。ただ、電車の中にひとそろいの手袋が落ちていて、それを誰も拾わないでいることが当たり前の風景じゃないと示したかっただけだ。
 いや、そんな立派な動機じゃない。
 ただ気持ちがむずむずしてるのが嫌だっただけだ。

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