旅行・地域

そこまでいってない

 バンコクから南下して、マレー半島の中程にあるチュムポーンから船で二時間、サムイ島近くのタオ島に彼女と来た。タオ島はバイクで一周するのに一時間もかからない小さな島で珊瑚礁に囲まれた美しい島だ。
 島の北側には離れ小島が二つあり、本島からそこまでは砂州伝いに歩いていける。そこら辺はダイバーがライセンス講習で使ったり、家族連れがシュノーケリングするのに適した珊瑚礁が広がり、浅瀬でも熱帯魚がたくさんいる。砂州にはそういった観光客のためにビーチベッドとパラソルのセットが四十ほど並べてある。
 勝手に使っていると黄色いポロシャツを着た現地人の男がやってきた。
「100バーツだ」
「一日で?」
「ああ」   
 ぼくは財布から人生ゲームの紙幣のようにちゃちい100バーツ紙幣を取り出して渡した。
 男は金を受け取ると、反対側へ歩いていった。見ると、男の向かう先にキョロキョロ辺りを見回してビーチベッドに腰掛けたカップルがいる。男は砂州を往復しながら未払いの客を見つけては料金を徴収しているのだろう。客がみな一日使っていればいいが、実際には数時間で客が入れ替わるだろうから、このやり方だと、誰が金を払った客かその都度覚えてないといけない。日本人のぼくからすればそれは無駄な労力というものだし、非効率的だ。
 もし自分がパラソル係だったらどうするだろう、と考えた。まず、全てのパラソルが見渡せる場所に自分用のパラソルと椅子を置く。目立つ場所に大きく「パラソル受付」などと書いた紙を貼っておく。これで大半の客は自ら金を払いに来てくれるから、徴収しにいく手間が省ける。さらに、個々のパラソルに通し番号を割り当て、番号を書いておく。金を払った客に何番のパラソルを使うか訊いて「使用中」の札を渡す。それをパラソルの下に吊してもらう。帰るときにその札を持ってくるように頼む。こうしておけば、自分は休みながら全てのパラソルの状況を一元管理できる。もちろん、札を返さないまま帰ってしまう客や受付に気づかず無断で使う客もいるだろうが、それは一時間に一、二回見回れば十分だろう。
 ぼくは隣でサンオイルを塗っている彼女に以上のことを説明した。
「タイはアジアの途上国の中では優等生なんて言われてるけど、まだまだ、だな」
「まだ、考え方がそこまでいってないんだね。でも、素朴でいいよね」
「ああ。やっぱり熱帯の人はね、ゆるいよ、そういうとこ。自然体でいいんだけど」
「やっぱり日本人の仕事ってかなり細かいよね」
「接客の仕方を見てると、ほんとそう思う。うちらのホテルの従業員だってけっこうひどいよね」
「ね。あんなの日本だったら、客からクレームきてすぐクビになっちゃうよね」
 あんなのと言ったのは、朝、ホテルを出る前に部屋のセイフティボックスの使い方がわからず、人を呼んだのだ。やってきたハウスキーパーの女性が使い方を説明してくれるのだが、たどたどしい英語で説明するため、なかなか要領がつかめず、何度も同じ説明をさせてしまった。その女性は目の前で大きくため息をついたり、舌打ちした。接客業の人間がそういう短気を見せたことにも驚いたが、タイに来てから何度もそういう人を見ていたのでそう悪い感じはしなかった。別に客相手に本気でキレてるわけじゃなく、「あーあ」とか「ああ、もうっ」みたいなニュアンスで自分の中でふて腐れてるだけなのだ。人間味があっていいと思う。海辺のレストランの従業員が洗ったばかりの箸を砂浜の上にぶちまけてしまった時に見せた、この世の終わりのような顔もよかった。 
         ◇
 隣のパラソルに客が来て、また件の男がやってきた。声を掛けて、さっきのパラソル管理法を教えた。その方が楽じゃないかと。
 男はふんふんと頷いてから、砂州の入り口にある一番端のパラソルを眺めて言った。
「でも、今のやり方で特に不自由は感じないけどな・・・」
「だって金を払った客を覚えてないといけないし、端っこの方になるとわざわざ歩いていって確認しなきゃいけないじゃないか」
「目はいいからどっからでも全部のパラソルが見えるんだ。それに自分が金を受け取った客ぐらい覚えてるよ。じゃ、一番向こうからいくよ。イギリス人の中年夫婦。さっきこの辺にいたんだが、席を移ったみたいだな。その隣、日本人のカップル。今はダイブ中でいないが場所は空けておくという約束。二つ空いてその隣、アメリカ人の家族連れ。去年も来たらしいが、おれは覚えてない。次、裕福なタイ人の女二人。あれは多分レズだな。次とその隣が日本人のダイバー四人、パラソル一個で100バーツだって言ったのに、一人100バーツ払ってくれた。だから日本人は好きだ。まだ続けるか?」
「すごいな。本当に全部覚えてるんだ」
「どうして覚えることや歩くことを面倒だと思うのかわからないよ」
「大した手間じゃなくてもそこでエネルギーをセーブしておけば、他のことに使えるじゃないか」
「他のことって何だ?どんなやり方にしてもここで見張り番をすることに変わりはない。それがおれの仕事だ。客を覚えるったって特別頭を使ってるわけじゃない。金をもらう時にどこから来たか聞いたり、服装とか訛りとかで自然に印象に残る。」
        ◇
 帰りの飛行機の中で例のパラソル係のことを思い出した。男が客の特徴を全部覚えていたシーンによく似た光景をどこかで見たことがあるような気がするのだが、思い出せそうで思い出せない。機内食が回ってきた時、突然思い出した。それは豚骨ラーメン屋の店員が客のお好みオーダーをおさらいするのに似ているのだ。店によっては背脂少なめ、味薄め、麺硬めなどと細かくお好み注文を受ける店が多いのだが、食券を買った時点ではそこまで指定できず、口頭で後から言うことになっている。客が同時にたくさん来ると、作る側が細かい好みまで把握しきれないので、覚える係が作り手にそれをおさらいする場面がある。それがちょうどこんな具合なのだ。
「流します。奥から脂少なめ、麺硬め。お次が脂多め、麺大盛りのバリ硬、味濃いめ。お次が味普通、麺柔め、脂少なめ・・・」
 ・・・そこまでいってないというわけでもなさそうだ。

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ゲストハウスNo Problem

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 ゲストハウスが好きだ。海外旅行をする時に十分な金がある人は、普段の仕事が忙しいはずだから旅に出た時ぐらい大名旅行をするがよろしい。慌ただしいスケジュールの上にわざわざ劣悪な条件の宿を選ぶことはない。

 こちらは時間はあるが、予算は少ないので一泊数百円から高くても二千円程度の宿ばかりを選んで泊まることになる。おせじにも快適とは言えず、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間からツッコミを入れて回ることになる。

 おれとてこれまで幾多のボロ宿を渡り歩いてきたバックパッカーの端くれ、Guest House“No Problem”という宿の名前を頭から信用したわけではなかった。そもそも“No Problem"と書かれた看板が外れかかって風に揺れている。

 レセプションにいる若い男が言う。

「部屋を見てから決めるかい?」

「無論だ。」

 鍵を受け取って部屋へ向かった。他の部屋の窓が観音開きになっていてそれが目当ての部屋への通路をふさいでいる。おれは黙って窓を閉めて通り過ぎる。実際に開けた時のことを全く考えずに設計された扉、ゲストハウスにはつきものだ。

 目当ての部屋の扉を開けるとき視野の隅でキラリと光るものがあった。よく見ると入り口の天井近くにフックがあり、鍵がぶら下がっている。その鍵を部屋の鍵に合わせるとキー溝が綺麗に重なった。合鍵が部屋のすぐ外に掛かっていては鍵の意味がないが、部屋の掃除などする時にそうしておいた方がスタッフが楽なのだろう。おれは合鍵を胸ポケットにしまって部屋に入った。

 部屋に入ってすぐ微妙な違和感を体全体で感じた。コインを床に立てて置くと、果たしてかなりの勢いで部屋の奥へ向けて転がっていき、壁に当たって止まった。はい、床が斜め、と。これまた全然珍しくない。

 ぐるりと見回すと壁から何らかのケーブルの切れ端が飛び出ているが見なかったことにした。害さえなければ余計なものがついていても構わない。中学生が電気工作で作ったような不細工な配電盤からむき出しの配線が天井のライトやファンに伸びている。
 念のためスイッチを全部点けてみる。天井にある軍用機のプロペラのようなファンが勢いよく回転する。今ベッドの上に立ち上がったら首が飛ぶな、と思う。

 ベッドに寝てみると、長年使い込まれたマットレスはお椀状に中心部が凹んでいる。天井は、何が悲しくてこんな柄を選んだのかと思うほど悪魔的に趣味の悪い紫の花柄だった。
・・・横を向いて寝れば関係ない。おれも大人になったものだ。

 部屋よりも大事なのはバスルームだ。大抵のスタッフは鬼の首でも取ったように「ホットシャワーだ」と言うが、どこの宿でも使っている “JOVEN2000”という給湯器は性能が悪いのでお湯はぬるく、勢いは日本のシャワーの半分もない。案の定それだった。・・・水シャワーと比べると大分ましだ。自分をなだめるのもうまくなった。

 洗面台で水を出すと足が思いっきり濡れた。排水口の下にパイプがないので、流した水は全て足下に落ちてバスルームの排水口を伝って外へ出る仕組みなのだ。歯を磨く時は吐き出した汚水が足に掛からないように注意しなければ。

 おれは部屋のチェックをあらかた終えると、レセプションに戻った。髪型を直していた男は大した興味もなさそうに訊いた。

「泊まるかい?」

「ああ」

 長時間の移動などで疲れていると、どんな部屋でもいいから早く決めてしまいたくなる。

 何でそんな使い勝手の悪いゲストハウスが好きなのかと言うと、造ったヤツのいい加減さとか、ろくに確認もしないでOK出したオーナーなんかに共感できるからだ。これだけ暑ければ几帳面な仕事なんか出来ないよなと思う。不細工な部屋でも他と大差はないので泊まるヤツは泊まる。

 心身を病むまで、よりよいサービス・商品を作ることに血道を上げている日本人が滑稽に見える。ゲストハウスのスタッフが帝国ホテルに研修しに来たなら、その日のうちに逃げ出すだろう。あそこでは客が飲み残したジュースさえ傷むまで保管されてたりするのだ。

 高級ホテルは快適だが、つまらない。ゲストハウスは不快だが笑える。でもそろそろ中級ホテルぐらいにレベルアップしたい。次回こそは・・・。

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