日記・コラム・つぶやき

マナーの流儀

 電車の中では、よく小さな人間ドラマが見られる。それもそのはず、あの狭い空間に不特定多数の人間が詰め込まれて時間を過ごすのだからハプニングが起こらない方がおかしいというものだ。騒動が起こるのはたいてい公共の場におけるマナーを守らない輩がいるからなのだが、ぼくが遭遇したシーンはちと変わっていた。
       ◇ 
 電車に乗ると、平日の昼間だったこともあり、けっこう空いていた。ぼくは優先席に座った。席は他にもかなり空いていたので、もしお年寄りが乗ってきたら譲ればいいやと思っていた。
 駅に停まるたびにパラパラと人が増えてきて、とうとう優先席も一杯になってしまった。携帯をいじっていると、次の駅で“The お年寄り”的なよいよいの爺さんが乗ってきた。よくいるでしょ?赤べこみたいに頭がカクカクしちゃってる爺さん。

Photo もう立ってるだけで拍手してあげたくなるような状態だったので、すかさず席を立つと、爺さんは力士が懸賞金を受け取る時のような仕草で腰掛けた。

 爺さんの前に立って携帯をいじっていると、
「・・・その・・・携帯を・・・」
 ん?どしたの?と思って耳を寄せると、
「ペ、ペ、ペースメーカーが・・・」
と言う。その瞬間、慌てて携帯の電源を切った。一連のやりとりを見ていた爺さんの隣の大学生風も、おばさんもそれまでいじっていた携帯の電源を急いで切った。
 よく車内のアナウンスで「優先席付近では携帯の電源をお切り下さい」と言われるが、実際に優先席付近で電源を切っている人を見たことはないし、「ペースメーカーを使っているから電源を切ってくれ」と主張している人を見たこともない。自分も今まで平気で使っていたが、ことは命に関わるのだから、ここは当然電源を切る。
 ぼくは後ろを振り返って、携帯をいじっている営業マン風の男及び周囲の乗客を見回して声高に言った。
「あのー、すみません。こちらの方がペースメーカーをご使用になられていらっしゃるので、携帯の電源を切っていただけますか?」
Pacemakerl_2
 何分、不特定多数の見知らぬ方々に話しかける機会なんてあまりないので、緊張して敬語が過剰になって最高敬語みたいになってしまう。
 ともかく、そう言った途端、半径三メートルぐらいまでのほとんどの乗客が携帯を取り出して一斉に電源を切る様は圧巻であった。さしづめ水戸黄門の印籠のような圧倒的な威光。
 それまで静かだった車内が騒然とし、中には
「本当にいるんだねー。ペースメーカーの人って」
「どれどれ見たい、どこにいるの?ペースメーカー」
なんて若い女の声も聞こえてくる。マラソンの先頭ランナーみたいなのを想像しているのではないかと心配になった。
Photo
 ともかく、一件落着。みんなマナーを守る良識人ばかりでよかった。と胸をなで下ろしてしばらくすると、
 プルルルルルルルルル、プルルルルルルルルル、
 明らかに携帯の呼び出し音だ。しかもデフォルト設定の耳障りな音が大音量で鳴っている。 
 ぼくも周囲の乗客も一斉に辺りを見回して、不埒な犯人を探し出そうとする。みんなが一致団結して爺さんに配慮しているというのに、まだ電源を切ってない奴がいたのか。そう思ってみんな鋭い目つきで犯人探しをしているのだが、どうも音が近い・・・嫌な予感がした。
 当の爺さんはジャケットの内ポケットにゆっくりと手を差し入れると、鳴っているラクラクホンを取り出して通話ボタンを押した。
「おどれかい!」
 その瞬間、車両中の乗客がずっこけたのは言うまでもない。
 そして一同、固唾を呑んで見守る。この状況にどう落とし前をつけてくれるのか、「みんなお前のために我慢して手持ち無沙汰だったんだぞ」と無言の圧力がかかっている。
「・・・もしもし」
 どうも爺さんはラクラクホンは問題ないと思っている節があり、何ら悪びれることなく話を続けている。
 次の瞬間、それまで自重していた乗客たちが一斉に携帯を取り出して、メール、ワイヤレスヘッドホンの使用、ネット経由で動画再生、ポータブルゲーム機によるネット対戦と思い思いに電磁波を飛ばしまくる様は痛快だった。

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スプラッター讃岐うどん

 その日の夜遅く、吉祥寺にある讃岐うどんの専門店「吉祥寺麺通団」に行った。ここはセルフのうどん屋の中では屈指のうまさを誇る店で、ワンコインで食べられる手軽さもあり、最近ひいきにしている。店の前に張り出されているメニューの前で、どれにしようか迷っていると目にとまった一品があった。
「めんたい釜たまうどん」
釜揚げうどんに生卵と明太子を混ぜたものだ。

 店に入り、オーダーを告げると、
「茹で上がるまで少々お時間頂きますのでレジで精算してお待ち下さい」
とのこと。
 レジの前で財布を取り出すと、片鼻の奥からツーーーという涼しげな感覚がして、次の瞬間、ポタポタポタポターーーーーと鼻汁が滴り落ちてきた。慌てて手を当てると掌が真っ赤に染まっている。鼻血だった。鼻をほじっていて出たりすることはたまにあるが、この時は全く何もしていない。

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 片手で鼻を押さえながら、もう一方の手で鞄の中をごそごそとまさぐりハンカチを探すがなかなか見つからない。そうする間にも鼻血は後から後からとめどなく出てくる。
 手近な席にあった紙ナプキンをまとめてつかみ、鼻に当てがうと、レジの店員が異変に気づいておしぼりを持ってきてくれた。店員にしてみれば、入ってきていきなり鼻血を出す客に対応したことがないのだろう(そうそうあってたまるか)。自分より店員の方が混乱している風だった。

「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。っていうか、なんで鼻血出たのか全然わからない・・・」

自然に出る鼻血というと、興奮して出るものと相場は決まっている。ヤラシイ妄想などが鼻血の引き金としては一番思い浮かびやすいだろう。ついそんな風に思われたくなくて、妙に言い訳じみたことを言ってしまう。

 もしくは、店員から
「この客、500円のめんたい釜玉うどんに興奮して鼻血出してる・・・」
と思われたらこんなに不名誉なこともないが・・・。

 なんとか支払いを終えて席で待っていると、めんたい釜たまうどんとおしぼりが二つ運ばれてきた。苦境にある人間にはこんなささやかな優しさが身に染みる。
「おしぼり使ってください」
店員は鮮血に染まったおしぼりで鼻を押さえながらうどんをかき混ぜている人間を興味津々といった顔で見ている。
「なんで出たのか全然わからないんですよね・・・」
またしてもそんなセリフが口をついて出る。黙っていると勝手に色々想像されそうなので「ほんとに偶発的な事故なんですよ」と念を入れて強調しておきたかった。

 もしくは「外で殴り合いのケンカでもした直後にうどんを喰おうとしている食い意地の張った奴」とでも思われたら心外だ。でも、どこの世界に殴られて鼻血を垂らしたままうどんを食いに来る奴がいるのか。
 何だか店中の好奇の視線が気になって落ち着かないので、鼻にティッシュを詰めてうどんを一気に啜り込むと店を出た。
 めんたい釜たまはかすかに血の味がした。

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脳内流行歌

 最近よく聴く歌の中に「そして僕は途方に暮れる」という曲がある。20年近く前のスカした流行歌をハナレグミがカバーしたもの。オリジナルは大沢誉志幸。 
 頻繁に聴いている曲って勝手に頭の中でループしちゃうことがあるさね。そういう具合に生活の中で度々流れるんです。それは例えば、大根おろしついでに手が滑っておろしが血に染まった時、軍歌を大声で歌いながら散歩するおっさんとすれ違う時、尋常でなく変形したチャリを前にした時などの緊張状態に際して流れては微妙なヒーリング効果をぼくにもたらす。

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 今日も渋谷の立ち食いそば屋で一回流れた。腹が減っていたので、何も考えずにその店に入った。飯時は過ぎているものの、渋谷の駅ビルの中なので客足は一向に衰えない。客は入り口にあるレジのおばちゃんに注文を告げて代金を払い、おばちゃんはよく仕込まれた九官鳥のように厨房にそれを伝えるのだが、その言い方が笑える。

「てんせいろ」

「かもなんばん」

「ひやしたぬき」

 書き表せないのがもどかしいが、とにかくハキハキと棒読みで注文を繰り返すだけなのである。事情を知らない人が聞くと「こいつ気でも触れたか?」というような光景。おそらくこの店の長年の試行錯誤の中で編み出された注文伝達テクニックなのだと思う。

 それはそうと、僕は特盛りを頼んだ。5秒ぐらいでたっぷり2.5人前はある特盛りが届いた。ひとりTVチャンピオンか?いまだかつてこれほどの量のそばが一人前のざるに盛られているのを見たことはない。そんな猟奇的とすら言えるボリュームである。つゆの器とネギのセットが有無を言わさず二人前ついている。食べる前からまずそうだ。

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 黙って食べ始めたが一人前を食べたあたりで満腹になってきた。辺りを見回すとちょうど前の席におろしそばを食べ始めた働き盛りのサラリーマンがいる。しかも大柄な男だ。立ち食いそばの一人前は成人男子の一食分には若干足りない。そこで、瞬く間に食べ終えた男に話しかけた。

「よかったらこのそば、食べてくれませんか?」

 男はいきなり他人に話しかけられて怪訝な表情である。

「この世知辛い世の中で、タダでそばを?なんでこの俺に?」

と目が言っている。特盛りを頼んだがとても食べきれない量なので、と説明したが、男の不信感は拭いきれずあえなく断られた。絶対一口ぐらい欲しかったはずなのに、世間体とか気にしやがってアホウが。「こっちまだ箸つけてませんよ」とか「自分はただ食べ物を残すのが忍びないだけ」などと弁解じみたことを言っても食べてはくれなかったろう。なぜだ?立ち食いそば屋でそのガードの堅さが何の役に立つというのだ?

 何かをやり遂げることの素晴らしさを伝えたがる人から、「あともう少しじゃないか!」と励まされそうなわずかな量を残して、ギブアップした。
 他の客たちは次々と完食しては仕事だか待ち合わせだか買い物へとでかけていく。小学校の給食で嫌いな食べ物がでて、いつまでも食べ終われない子供のような置き去られ感。

 入り口のおばはんは相変わらず

「なめこおろし」

「ざる」

「わかめうどん」

と注文を復唱している。渋谷の街をF1のサーキットとすれば、さしずめこの立ち食いそば屋はピットのようなものだ。不足した燃料を補給するためだけの場所。
 店員がテキパキと働き、数秒で駄そばが運ばれ、客は忙しなくそばを手繰り、平らげた者から黙って出ていく。

 そしてぼくは途方に暮れる。

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