師の教え

Road to 漢(おとこ)

 最近自分の侠気(おとこぎ)の無さにげんなりしていたぼくは、高円寺に男の中の男がやっているバーがあると聞いて、その「バーボンハウス」なる店に向かった。

 もう冬だと言うのに、店のドアは男らしく全開に開け放たれていた。 店に入ると、マスターは暗いカウンターの中で一瞬顔を上げたように見えたが、無言だった。

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“そうだ、それでいい”

 ぼくは内心でそう呟きながらうなずいた。本物の漢(おとこ)は冬でさえドアが開いていることなど気にもしないし、笑顔の安売りなどもってのほかだ。

 店の壁にはプロジェクターから映画「ジョーズ」が投影されている。 バーボンハウスという店名に従ってバーボンをたのんだ。郷に入れば何とやらだ。

 マスターと二人きりの店内に、ジョーズに襲われて呆気なく喰い殺されていく人たちの絶叫がこだまする。 この特異なシチュエーションでどういう顔をしてはじめてのバーボンを飲めばいいのか・・・

 やがて琥珀色のバーボンが運ばれてきて、一番入り口に近い席でちびちびとなめるように飲み始める。 トイレに立つと、中には30年前ぐらいの精力剤のポスターが貼ってある。

 しばらくして、映画もクライマックスにさしかかった頃、黄色いヘルメットをかぶった作業員が店に入ってきて、

「申し訳ありませんが、これから前の道でガス管の工事を始めます」

とぼくに言った。とりあえず、

「がんばってください」

と返した。

 すると、すぐにドガガガガガと大きな音が響き渡った。 すぐにマスターが立ち上がり、こちらへゆっくり歩いてくる。

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 工事の人に不用意な言葉をかけたぼくに怒っているのかと思い、びびっていると、マスターは開いていたドアを黙って閉めた。

カウンターに帰っていくマスターの背に、

「どうしてジョーズなんですか?」

と訊くと、マスターはカウンターの上から何かを取ってぼくに放り投げた。

それは店のライターだった。

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ぼくはマスターの目を見て黙ってうなずいた。

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